熊野での田舎暮らし

熊野での田舎暮らしの良さを伝えます。26年春に熊野までの高速道路が開通し、全国と高速道路で結ばれます。 熊野の自然と歴史と文化は、豊かです。じっくりと落ちついて味わってほしいと思います。 そのために様様な角度から伝えたいです。 熊野の田舎暮らしのために、農家民宿を7月から始めました。 様々な「体験メニュー」を紹介します。ホームページは、「農家民宿やまもと」で検索して下さい。

春を告げる「稲荷様」の初午が、賑やかに行われた。

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3/9に、「薮原稲荷神社の初午」の祭りが賑やかに行われた。
朝から、天気は晴れで、風も弱く、暖かい日となった。恒例の集落の春の最大の祭りが始まった。
午後一時から、神事が始まり、厄年の人々の祈祷が行われ、また、集落の家内安全、繁栄が祈られた。祭壇は、石段の上の社の中に設けられ、今年は10数人の厄年の人がいた。境内に座ったり、あるいは立ったりして、神事を見守りながら、それぞれの人々は、談笑だ。
子供の時には、まだまだ、集落には人が多かったので、この日の祭りは賑やかだったのだ。どぶろくも振る舞われ、大人の身体の隙間から、湯呑み茶碗を差し出して、飲んだうまさが今も、忘れられない。
神社までは結構きつい石段を登らなければならないので、この石段上がりは、集落の人々の体力測定の役割を果たしている。この石段を登ることが難しくなると、一人での行動に制限がかかるのだ。
神事の後は、待っていた餅まきだ。こちらは、この餅まきのために参加しているという本末転倒の姿なのだが、
しかし、餅まきはいつでも楽しいのだ。この時だけは、「欲望むきだし」で、とにかく、意地汚く、一つでも多くと、親兄弟も敵だとして、頑張るのだ。この時だけは、許されるのだ。
結局は、場所の問題なのだ。餅が飛んでこなければ駄目なのだ。集落で一番大きい祭りなので、餅も大量に用意されていたので、連れ合いと二人で、80個位拾った。
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餅まきが終わると、神事は終了で、今度は神社の入り口の桜の木がある公園で、「宴会」だ。
お酒やビールなどのアルコールは厄年の人が奉納したものが提供されて、飲み放題で、つまみは有志の人々が作る、「おでんや、魚の焼き物や、焼きそばや、フランクフルトなど」が屋台として提供され、甘酒も無料で振る舞われて、賑やかにみんなはおもいおもいで椅子に座っての、飲み会だ。
暖かったので、とにかく、気持ちよく飲んで、楽しい時を過ごした。
4時頃に、終了したのだろうか、後片付けを手伝ったら、二次会があるからと誘われて、動く。
公園のすぐ下の、池田さんちが会場で、カラオケルームもあり、つまみも立派なものが用意されていて、本格的な二次会だ。20人ぐらいだったのだろうか、夜9時頃に家に帰ったのだろうか、もう記憶が曖昧なのだ。
連れ合いが餅まきが終わった後、家に帰ったので、この二次会のことを知らないので、連絡せねばと携帯をならしたのだが、「電池切れ」で通じずで、そのまま、飲んでる途中から、忘れてしまい、連れ合いは「暗くなっても帰ってこない」と、どこかの崖にでも落ちているのではないかと相当探し回ったみたいで、ものすごい心配をさせてしまったみたいだ。

今日、ジャガイモの種芋を植えた。

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朝起きたら、霜がびっしり降りて、家の周囲全体が一面真っ白だった。予定していたジャガイモの種植えは出来るかと心配したが、その後は、太陽も出てきて、少し、暖かくなってきたので、予定通りに作業を開始。
まず、畝建てし、一メートル幅で、30センチ間隔での一条植えで、ジャガイモを置いていく。その後、ジャガイモの間に硫安を入れる。そして、ジャガイモを土の中に入れ、マルチをかけた。
芽が出て、マルチが上がってきたら、マルチに穴を開けて芽を外に出すつもり。
5畝で、110程の予定だったが、計算違いで、一畝足らず、オクラを予定していたのを減らして、彼岸までに残ったジャガイモを植える予定です。
明日は、明後日の稲荷様の祭礼に向けての「参道の大掃除」があるので、午前中はこれに参加するので、畑には午後からになる。

3/1.泊観音の「廃墟」が、撤去された。ご苦労さんでした。

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熊野古道の「泊観音道」の崩壊していた観音堂祠が、一日、ボランテイアの手によって撤去され、祠の跡からは、秘仏が納められていた岩屋が姿を現した。
観音道は、西国33カ所札所の「観音様」が石仏として置かれ、ここにお参りすれば33カ所参りと同じ御利益があるとして、昔から参詣者が絶えることがなかった。平安時代に建立されたとする比音山清水寺があり、ご本尊が「千手観音」で、今は、この下の寺に仮安置されている。
歴史的には、何度も興亡を繰り返し、廃寺になっていたのを、戦前に一人の女性が「泊観音」として再建し、お堂を建てて、堂守として、生涯を捧げた。その後、縁者のものが、堂守として続け、昭和30年代まで、続けられていたが、その後は誰もいず、結局、廃墟としてその残骸が残っていたのだが、この度、撤去されたのだ。
世話人も向井さんは「いつか、ここに仏像が納められるように頑張りたい」と決意を新たにしていると。
吉熊新聞が伝えてくれている。
ギャラリー
  • フジバカマに、蝶々が集まって来ています。
  • 15日、奈良から、5人のbグループが、来ました。
  • 11日、山では、栃の実が落ちていました。15年生の栃の木に実がついていました。
  • 11日、山では、栃の実が落ちていました。15年生の栃の木に実がついていました。
  • 11日、山では、栃の実が落ちていました。15年生の栃の木に実がついていました。
  • 11日、山では、栃の実が落ちていました。15年生の栃の木に実がついていました。
  • 夏休みをとって、風の盆に、9/1,2,と、その後も、9日までの長期休暇。
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投稿 by Kiyotsugu Yamamoto.