熊野での田舎暮らし

熊野での田舎暮らしの良さを伝えます。26年春に熊野までの高速道路が開通し、全国と高速道路で結ばれます。 熊野の自然と歴史と文化は、豊かです。じっくりと落ちついて味わってほしいと思います。 そのために様様な角度から伝えたいです。 熊野の田舎暮らしのために、農家民宿を7月から始めました。 様々な「体験メニュー」を紹介します。ホームページは、「農家民宿やまもと」で検索して下さい。

2/2,花の窟で、お綱かけ神事が行われる。

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雨がぱらつく中で、花の窟でのお綱かけ神事が行われた。神職を先頭に神社のご神体の巨大岩石に上り、お綱の先端が固定されると、長いお綱が運び出されてくる。DSCN1103
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お綱の端が波打ち際まで運ばれる。ものすごく長い綱を掛けるのだから、思い切り遠くまで、運ぶことで、引き上げられていくのだ。雨の中の作業だから、傘をさしての作業となった。参加者は雨にもかかわらず、大勢の参加だった。DSCN1105
遂にお綱が引き上げられて無事に「お綱かけの神事」が終了した。

我が集落、飛鳥は、日本でここにしかないものがある。

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集落を流れる大又川です。
この大又川は、熊野川の上流の北山川のさらなる上流で、熊野川の源流域です。保色山と矢ノ川峠に源を発して流れます。
熊野川の河口は新宮市です。熊野川は、十津川と北山川が合流して始まります。昔は、木材を切り出して運ぶ重大な幹線でした。その後、戦後、昭和30年代に「総合開発」の名の下で、水力発電のダムが造られ、川の役割が変化しました。
我が集落、飛鳥は高度300の高地です。
河口からおよそ、160~180キロぐらいか、車で、4時間ぐらいという源流域です。
日本の全ての川の源流域は、海からは遠く離れ、海とは距離的には断絶してあります。その限りでは海とは直接には離れて、海とは無縁の暮らしになります。これは当たり前の話です。我が集落も川沿いに上ってくると海とは遠く離れます。が、海には10~15分で出れるのです。日本の全て川の源流域は海から遠く離れて、海の生活と無縁ですが、わが集落だけは、海の生活も近くで体験出来るのです。海と川とが同時に味わえるという点では、日本でただ一つの場所です。
それは、河口からは、途中で大きく蛇行して、高度を上げるということにあるのです。
海と川が同時に味わえるという自然の姿は、日本ではここ、飛鳥だけです。
飛鳥は自然の宝庫です。季節もいつも二度味わうことが出来るのです。15分の時間差で、季節が半月、一ヶ月の差を体験できるのです。
北山川に大きなダムが造られることで、海からの魚の遡上がほとんど見られないが、源流域の水が綺麗です。放流の鮎の姿も美しいです。
その上で、なによりも最大は、ウナギが捕れると言うことです。
ダム建設の経緯から、大又川の資源としてのウナギがずっと、確保されてきているのです。稚魚が放流されて、天然ウナギとして、大又川で成長しているのです。
ぜひ、自然の宝庫=飛鳥に来て下さい。

1/26,地蔵尊の祭りに、参列。

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集落のお寺の境内で、地蔵尊の祭りが開かれたので、参列。
午後一時からで、この日は風が強く、寒かった。高齢者が亡くなるという不幸がいくつか重なったので、昨年よりも参列者が少なく、さみしかった。集落の繁栄と家内安全を願う祈祷が行われた。
その後、楽しみの餅まきが始まった。餅まきの写真は、デジカメを持つ、こちら当人は餅拾いに必死だから、カメラはポケットのなかで、お休みで無しです。一度は餅まきの写真を撮りたいとその都度、思うのですが、しかし、同じとるのでは、違いがありすぎます。餅まきには、写真よりも、何倍もの多くの人が加わってです。
参列者が少ない分だけ、今年は収穫が多かったみたいです。
連れ合いが31,こちらが21で、それにお菓子類は多数となった。
満足して帰りました。
ギャラリー
  • 猛暑、炎天下の中でも、保育の作業が続いています。
  • 猛暑、炎天下の中でも、保育の作業が続いています。
  • 猛暑、炎天下の中でも、保育の作業が続いています。
  • 猛暑、炎天下の中でも、保育の作業が続いています。
  • 猛暑、炎天下の中でも、保育の作業が続いています。
  • 猛暑、炎天下の中でも、保育の作業が続いています。
  • 畑の様子です。この間の動きについて、
  • 畑の様子です。この間の動きについて、
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投稿 by Kiyotsugu Yamamoto.