熊野での田舎暮らし

熊野での田舎暮らしの良さを伝えます。26年春に熊野までの高速道路が開通し、全国と高速道路で結ばれます。 熊野の自然と歴史と文化は、豊かです。じっくりと落ちついて味わってほしいと思います。 そのために様様な角度から伝えたいです。 熊野の田舎暮らしのために、農家民宿を7月から始めました。 様々な「体験メニュー」を紹介します。ホームページは、「農家民宿やまもと」で検索して下さい。

2/20付けの「中日新聞朝刊のくろしお版」に、紹介記事が載った。

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昨日の「中日新聞朝刊のくろしお版」に「農家民宿やまもと」の紹介記事が載った。
結構大きなスペースをとって、丁寧な紹介記事として作られています。
2/13に、熊野通信局の小柳記者の訪問で、インタビューを受けたのだが、それが、記事となったのだ。
記事内容は、こちらが答えたものを、丁寧に簡潔に正確に纏めてくれています。
「くろしお版」は、三重県の東紀州地域に当たる、紀北町、尾鷲市、熊野市、そして、和歌山の新宮市と那智勝浦町を網羅しているようだ。
「農家民宿やまもと」の世間へのデビューだ。この地方の人であれば誰でも知りうると言う点では、ある種の「公け性」が付与されたようなもので、責任をあらためて自覚させられた。
これからは、こちらの一挙手一投足が問題になるのだという緊張を持って対応していかなければならないのだ。
この地方の人が、「農家民宿」というものの存在を対象化し、開業を目指す人が出てくるきっかけになればいうことはない。この記事が刺激剤になることを願っています。

今朝、檻に鹿がかかる。

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朝、家から70メートル程離れたところにある檻を見に行く。
仕掛けのロープが下に落ちているのが見える。この間、小動物が餌場的に出入りしていたので、またかと、思って近づくと中で、何かが動く姿が見える。近づくと鹿であった。鹿がかかるとは思わなかった。血抜きして絶命させて、谷に沈めて、午後から捌くことにして、午前中は、ニンニク畑の草引きをやる。今朝も霜が降りていたので、作業に開始は10時半頃からだった。
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午後一時に谷に沈めていた鹿をあげて捌きにかかる。
谷の水は冷たいので、簡易の冷蔵庫の役割を果たしてくれて、高温の鹿を冷やしてくれた。
結局、3時半頃までかかって捌き終える。
鹿の背の肉を刺身として賞味。少しだけ、檻をセットしてくれた近所の田尻さんに持って行く。
残りは、冷凍庫で保存。
鹿の残骸は山に埋める。動物たちがきれいに処理してくれる。 

昨夜の雪は、今冬もっとも多く降る。

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昨夜、遅くから雪が降り出し、朝5時頃まで降り続き、今年最も多く積もった。
雪はこれで、三回目で、田舎に戻ってからでは初めての体験だ。凍結や霜が常態であっても、雪はあまり降らないと思っていたのが、甘すぎたみたいだ。今は朝、9時なので、雨に変わりつつあり、屋根からは積もっていた雪が音をたてて、落ちてきている。今日と、明日は屋外作業は休みで、休養だ。来週も、火、水は雨予報が出ているので、休みとなりそうだ。
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2月8日の雪で倒された獣害対策用のネットを、2/10日に立て直していた。
その時は、もう雪は降らないと思って立て直したのだが、昨夜遅くからの雪で、倒れそうだった。
昨夜、寝る前はまだ、雪が降っていなかったので、朝から降り出したら、積もる前に倒しておこうと思っていたのだが、雪はその後、降ってきた。
朝、5時の段階で、雪がネットの上に積もり、その重みで、今にも、支柱の竹が折れる寸前だったので、大慌てで、カッパを着て、漁網を支えている竹を外して、ネット下に寝かせることで、竹が折れるのを防ぎ、倒れるのを防ぐことが出来たみたいだ。
雪の下の畑は、2/12に、落ち葉堆肥と牛糞堆肥を入れたところなのだ。ジャガイモを植える予定の処なのだ。
ジャガイモの種芋が10キロで、110個ほどを植える予定だ。
ギャラリー
  • 昭和20年代から、30年代の田舎」が、絵で見事に、感動的に再現されました。
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投稿 by Kiyotsugu Yamamoto.